• MY STORY

    気がつけば、すべてが今につながっていた。

    昭和46年、茨城県に生まれました。

    美野里中学校から土浦第一高校へ。

    振り返ってみると、子どもの頃から明確な夢があって、その夢に向かって一直線に歩いてきた、という人生ではありません。

    「将来はこうなりたい」
    「そのために、今これをやる」

    そんなふうに人生を逆算していたわけでもない。

    むしろ、その時、その時。

    目の前にあることをやってきた。

    そんな人生だったように思います。

    大学を卒業して、損害保険会社に入りました。

    そこから、私の社会人人生が始まりました。

    仙台、東京、名古屋、愛媛、岩手、長崎。

    いろいろな土地で仕事をし、いろいろな人と出会いました。

    営業もしました。
    マネジメントもしました。
    支社長や支店長として組織を預かることもありました。

    もちろん大変なこともありました。

    思うように数字が上がらない。
    人が思うように動かない。
    こちらの思いが伝わらない。

    会社員ですから、異動もあります。
    自分では選べないこともたくさんあります。

    それでも、今振り返ると、

    楽しかった。

    この言葉が一番しっくりきます。

    仕事そのものもそうですが、何より面白かったのは「人」でした。

    経営者。
    社員。
    代理店の皆さん。
    取引先。
    地域の人たち。

    同じ会社でも、同じ地域でも、一人ひとり考えていることは違う。

    そして、会社というものは、結局は人が動かしている。

    数字の向こうには人がいる。

    経営の向こうにも人がいる。

    そんなことを、仕事をしながら少しずつ教えてもらったような気がします。

    ただ、その頃の私は、それが将来の仕事につながるなんて考えていませんでした。

    そして50歳。

    私は会社を離れ、起業しました。

    今考えれば、かなり大きな転換です。

    でも、

    「50歳になったら、この事業を始めよう」

    と何年も前から緻密な事業計画を作っていたわけではありません。

    ここでもやっぱり、

    その時、その時。

    目の前のことを考えながら進んできました。

    当然、会社員時代とは全く違いました。

    会社の看板がなくなる。

    決まった仕事が用意されているわけでもない。

    自分で仕事をつくらなければ、仕事はありません。

    うまくいったこともあれば、全然うまくいかなかったこともあります。

    人との出会いもありました。

    別れもありました。

    思いもしなかった話が舞い込んできたり、逆に、これは絶対にいけると思ったものが全く動かなかったり。

    本当に、いろいろなことがありました。

    中小企業の経営者と話すようになりました。

    NPOの人たちと一緒に仕事をするようになりました。

    介護や福祉の現場にも関わるようになりました。

    子どもの居場所、フリースクール、子ども食堂、市民活動、外国人材、地域づくり。

    補助金や助成金を探すこともあれば、経営計画を一緒に考えることもある。

    チラシをつくることもあれば、AIを使って新しい仕組みを考えることもある。

    気がつけば、会社員だった頃には想像もしなかった場所に立っていました。

    そして、ある時思ったのです。

    自分がやっていることには、一見すると統一性がない。

    経営支援。
    福祉。
    地域活動。
    教育。
    AI。
    人材。
    新規事業。

    バラバラに見える。

    でも、本当にそうだろうか。

    よく考えてみると、私はずっと同じことをしていました。

    人の「できること」を見つけること。

    会社の「いいところ」を見つけること。

    そして、

    「それ、もっとできるんじゃないですか」

    と一緒に考えること。

    お金がないなら、使える制度を探す。

    人が足りないなら、人をつなぐ。

    伝わっていないなら、伝え方を考える。

    知識が足りなければ、専門家につなぐ。

    やり方が分からなければ、一緒につくる。

    AIが使えるなら、AIも使う。

    最初から全部そろっている会社なんて、ほとんどありません。

    でも、

    「ないもの」ばかりを見るのではなく、
    「すでにあるもの」を見つけて組み合わせる。

    すると、今まで動かなかったものが動き始めることがあります。

    これは地域でも同じでした。

    地域には、人がいる。

    経験がある。

    場所がある。

    技術がある。

    時間がある。

    そして、

    「何かやりたい」

    と思っている人がいる。

    ただ、それぞれがつながっていない。

    だったら、つなげばいい。

    そうして、今の仕事にたどり着きました。

    BusinessAlly。

    経営に、味方を。

    経営者が一人で全部を抱え込むのではなく、困ったときに相談できる人がいる。

    一緒に考える人がいる。

    必要なら専門家につないでくれる人がいる。

    そして、考えるだけではなく、一緒に動いてくれる人がいる。

    そんな「経営支援のインフラ」をつくりたいと思うようになりました。

    そして、その考えは会社だけでは終わりませんでした。

    Community Ally。

    地域に、味方を。

    地域の中にある、人、企業、NPO、学校、福祉、行政、商店、専門家。

    それぞれの力を見つけ、つなぎ、新しい活動をつくる。

    誰かの小さな「やってみたい」が、地域の新しい仕事や居場所や学びにつながっていく。

    そんな仕組みをつくりたい。

    不思議なものです。

    若い頃の私は、こんな仕事をするとは全く考えていませんでした。

    壮大な人生設計があったわけでもありません。

    その時、その時。

    目の前の仕事をして、

    目の前の人と出会って、

    面白そうなことがあればやってみて、

    失敗したら考え直して、

    また次へ進む。

    その繰り返しでした。

    でも、50年以上歩いてから振り返ってみると、

    バラバラだった点が、少しずつ線になっている。

    保険会社で出会った経営者たち。

    全国各地で出会った人たち。

    組織を預かった経験。

    50歳で会社を飛び出したこと。

    起業してうまくいかなかったこと。

    地域活動に関わったこと。

    福祉の世界を知ったこと。

    AIという新しい道具に出会ったこと。

    その一つひとつが、

    今の仕事につながっている。

    だから最近は、人生というものは、最初から完成した地図を持って歩くものではないのかもしれないと思っています。

    その時に出会った人を大切にする。

    目の前にあることを面白がる。

    「これは何かできるかもしれない」と考えてみる。

    そして、とりあえず一歩動いてみる。

    すると、思ってもいなかった次の景色が見えてくる。

    昭和46年、茨城県に生まれた少年は、

    自分がこんな仕事をするとは知りませんでした。

    50歳で起業したときの私も、

    今の景色までは見えていませんでした。

    そして、今も、

    この先に何があるのかは分かりません。

    でも、それでいいのだと思っています。

    まだ出会っていない人がいる。

    まだ気づいていない会社の可能性がある。

    まだ地域に眠っている力がある。

    それを見つけて、つないで、形にしていく。

    これまでそうしてきたように、

    これからも、

    その時、その時を面白がりながら、

    誰かの「やってみたい」の隣を歩いていきたい。

    それが、いまの私です。